ものに溢れた世の中だからこそゼロから生み出すことの大切さを知ろう


あらゆるものに溢れた日本、いや世界の中で、東北に来たからこそ感じられたこと、何もなくなったまちだからこそ感じることが出来たこと、震災直後から、足を運び続けてきたことで見えていたもの、当時、僕は東京におり、東京から東北へ、東北から東京へと動いている際に感じていたことの中に、タイムスリップしているような気持ちを感じていました。沢山の方々と出逢いお話を伺いながら、自分たちの活動で、第一に掲げていたものとして、自分たちのしたいことをするのではなく、現地の人たちのやりたいことを共に行うということ、出来る出来ないではなく一緒にらやってみる。そんな団体理念から、現地にいる人たちの気持ちの中には感情がみな違ったこと、あの当時、応援してほしいなんてことを考えている人なんて誰一人としていなかったのではないだろうかと思います。

そして全国から集まる声、実際に共に行動してくれた人たちの気持ちの中にも応援したいではなく、何かしたい、何か出来ることはないのか?

だったような気がします

純度100%な気持ち

(中にはどうしようもないほどの悪もありましたが)

そこには愛で溢れていたような気がします。

何もなくなることで、人が集まり助け合いや、気持ちを持ち上げるために、生きるための行動がはじまる。

尊重しあい、いろいろなアイデアが生まれ、やがて活動となる。そしてここから、いろいろなやりたいこと、我が生まれてしまったり、やり切るための、信念などが生まれたり、誰かの為にという正義が生まれていくことで、集まる人が分かれていく。。。

はじめは同じ想いから集まっていたはずなのに、

それだけならまだいいのかもしれませんが、厄介なのは私たちの方が正しい、あの考えは間違っている。信頼に値しないなどといった感情を生み出してしまうことに。。。

究極に追い込まれた瞬間、自分の立場によって人は、はじめの想い、同じ感情で集まったはずなのに、気持ちがズレていってしまう。。。

そしてやりたいことを実現する際には、世の中に溢れたものや、そこら中にあるものを組み合わせることで簡単にゼロからイチを生み出せるようになっている。

いや

なったように感じてしまっているのではないだろうか?

自分は凄いことを思いついた!

これならいける!

きっと沢山の人に喜んで貰える!

でも実際には、そんなに簡単に世の中のスタンダードになることはないのではないか?

少し考えればわかるはずなのに、そのような気持ちになってしまう。

それでもやらないよりはやった方がいいので、どちらかと言うとそれでも僕はそちらに賛成します。

でも、ようはここからです。

口にするのは簡単だけど、行動出来ないから、ゼロからイチは生み出せた!?って行動をはじめたこと、ここは大賛成ですが、ここ止まりなことが多いのではないかなと思うのです。

そして周りの人もそう思ってしまっているのではないでしょうか?

実際にやめちゃう人もいれば、全く諦めてはいなくて試行錯誤しながら少しずつでも動いている。行動し続けている、模索している。協力者を探している状態かもしれない。

ちなみに僕は、はじめたことは、ほぼ全部諦めてはおらず、ずっとどうすれば出来るのか、考え行動し続けています。

目に見える状況のものはまだまだ少ないですが。。。

周りからはもうやめちゃったんでしょ?

あれはどうなったものやら?とかも言われていますが、そんなに簡単に出来るなら世の中誰も苦労なんてしなくて誰もが成功者になっているはずでしょって思うのですが、そんなこと言っていても何もはじまらないし、そんなことに時間をつかっている場合ではないので、やれることをただひたすらやり続けているのです。

どれも諦めてなんていない!

協力していたのにっても言われますが、まだまだやっているので、是非ご協力して下さい。

で!です。

世の中に溢れかえったものとものを組み合わせて何かをつくるとか、今あるサービスを組み合わせてひとりで何かをはじめるよりも、拘り続けて何かを生み出そうとしている者同士が繋がって、全く新しい形で、本当の意味でのゼロから何かを生み出した方が早いんじゃないの?

って思う訳です。

だって世の中にはものもシステムも溢れかえっていてどれを使えばいいのかもわからない

既存のものには、今出来ることが限られていて、それを活用すれば何か出来るかもしれないけど、そこでやりたいことと、実はズレてしまっているのではないかと言うことに目を向ける必要があるのではないか

そう考えた訳です。

それなら自分たちがやりたいことに拘ってつくる、今出来ること、出来る人で出来るところまではつくってみる。そして理想はあくまでも持ち続け、諦めずに語りどうすれば近づいていけるのかを考え続け仲間に呼びかけ続けることで、出来る人を集めたり、同じ想いの人たちを募り、一歩一歩突き進んでいくこと、それが出来ればいいのではないだろうか

それの方が実は早いのではないかな?

何かのサービスを駆使して出来ることを探すとか、作るではなくて、自分たちからまさに自分たち専用のものを創る。ここに意味がありこれが本当の意味でのゼロからイチを生み出すことであり、それを実用レベルまで押し上げる。世の中に必要とされるところまで持っていくことこれが出来てはじめて成功と言えるのではないだろうか?

だから僕たちはゼロからイチを生み出すゼロイチではなく、

本当の意味でのゼロ

自分たち専用のゼロから沢山の人たちと繋がることで、自分1人では出来ないことを成し遂げる、ゼロセンをはじめます。

ゼロイチではなくゼロセン

あなたもはじめてみませんか?私たちとゼロセンを!

めっちゃめんどくしぇけど

はじめてみると病みつきになりますよ。

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