世の中に溢れたお金お金お金


SNSを見ていると溢れ変える情報、毎日山のように届くメールには、知らない会社からの営業メール、そこら中からかかってくる。営業電話、、、

少し、、、

いやかなりウンザリしている隼です。

みなさんはどうですか?

夢を見せつける動画の数々

それって本当にみんなが求めていることなんだろうか?

いい家に住んで、いい車に乗って、自由に暮らす

僕は高校生の時に、進学、就職活動どちらもしなかった派です。

なので世間一般的には、社会に出た瞬間から外れてしまっていたんだなと思います。

高校を卒業する時に決めたのは

30歳で独立する。

40歳で会長になる。

50歳でセミリタイアする。

後は遊んで暮そう!

こんな目標を立てて社会に出ました。

幸いな事に、バイトでは、かなりの給料を貰っていたので、就職する意味がわからなかったってことと、サラリーマンの親を見ていて、同じようにはなりたくなかったということからの選択でした。レーサーになる専門学校に行きたいとは思っていたのですが、そうしたところなら入学金など学費は払って貰えないということ、親戚の関係でお坊さんになるなら、大学には行けるという選択肢もありました。

大学に行くならば車も買って貰えるという条件もついてましたが断りました。

半年ほど、バイトをしていると好きな子が出来て、告白するとちゃんと働いているなら、、、

そんな答えを出されました。

それならば就職しようと安易に考え、今の給料を超えられるところは?

そうした限られた選択の中では、京都に住んでいて、高卒の僕には当てはまる職業は、呉服屋さん、貴金属店、教材の販売、不動産業、この4つしかありませんでした。貴金属も、呉服屋さんもどちらも日々の仕事は、全国を回る催事への遠征が主になるとのことで、好きな人もと一緒にいたいという理由から、仕事をしようと決めた僕には、全く魅力のない仕事でした。

教材の販売の方は当日では珍しくフレックスタイムとのことでかなり自由な感じでしたが1日に何件かと決まったアポの取れたところへ回るだけ、それ以上はしてはいけない。

何故?沢山回れるなら回った方がいいのでは?それはダメとのことで、何か意味はあるのだろうけど、僕には意味が分からず断念、残るは不動産業のみ

こちらは面接にいけどもいけども年齢制限に引っ掛かり、学歴も求められ中々、受け入れてくれるところはなかったのですが、衣食住で必ずなくならないものとして、話を聞けば聞くほど、この仕事ならいいかもと何件か回って面接に受かったのは2件

そのうちの大きな会社の方に就職しました。当時はバブル絶頂期で、僕も入ってすぐに訳もわからず何件も売れていました。

バナナの叩き売り状態で、売れる家があれば売れる的な時代でした。

仕事の覚えはじめは楽しくもあり、毎晩付き合いで飲み歩くようになり、彼女とは中々会えない生活に、、、

でもなんだかわからなかったけどジェットコースターに乗っているようで楽しかった。完全歩合給という働き方もあり、今思えばここで僕の働く概念は育てられたのだと思います。不動産業自体が完全な成功報酬であること、そして完全歩合給ということで、契約して無事に決済が終わり引き渡しが終わり、全ての事が丸く収まらない限り1円の報酬も手にする事は出来ない職業だった訳です。

だから当たり前のように何かをして結果が出たら報酬を貰うという方がしっくりと来る訳です。

契約は無事出来て、決済も無事終わり、でも引き渡しでのトラブルが発生すると、報酬を貰うどころか解決をしなければならなくなる。仕事がどんどん増えてします。報酬を貰えないこともありました。

でも、そこで揉めたままにせずに解決して丸く収まるところまでした仕事では、お金という報酬は貰えなくても、信頼という報酬が手に入りました。

そして忘れたころに紹介をしてもらうことへと繋がり、忘れたころに違うカタチでの報酬が貰えることとなります、しかもこの忘れたころにやってくる報酬というのは、ちゃんと求められることを行い続けていると、後から後から勝手に紹介というカタチで報酬の方からやってくるのです。

実はこの時から知らず知らずに #れぼって たんだなと改めて思った訳です。

そこから一度、完全に報酬の単価を上げていく自分が生まれてしまうのですが、人間の欲には天井がない、、、

いくら報酬を受け取っても、満足出来ない自分がいました。自分よりも上にいる人たちを追い越したい。

力を持ちたい

誰よりも自分が報酬を手にするといった考えになってしまっていました。

その時の口癖は

誰かに会うとまずはじめに

「なんか楽しいことない?」

いかに日々に満足していないかって象徴する言葉ですよね。

でどんどんその欲のためにやり方は過剰になっていく生み出す報酬はどんどん増えていくが

満足感はなく何故か何かを闘っているような心境でもありました。

自分はいつまで闘い続けていつまで勝ち続ける必要があるのか、勝ち方も覚え負ける気など1ミリも感じていないのに日々の虚しさを感じながら、派手に遊びながら虚しく生きている。

やればやるほどイキイキしているように見せながら心は死んでいたのではないかな、、、

何かに疑問を感じながら何かを変えたいと足掻きながら、やれることをどんどん変えていきます。

本業とは別に次から次へと新しいことをはじめ成功させていくが満足感はない、、、

これでいいのか、、、

そんな時に事故を起こし、残念ながら死んでしまっている、一応病院へは向かってますが、お母さん、事故現場のほうへ来て事故処理をして下さい。

そのように言われたそうです。

そう

あの日僕の人生は終わったのです。

だけども実際には生きている。何故だかわからないけど生きている。

手術室に入る際には意識などあろうはずもない僕にこのサキ良くても一生介護です。しばらくの間本人には内緒にして下さい。生きる希望がなくなってしまうので、、、

何故だかその言葉を僕はしっかりと記憶しています。何故だかその景色もしっかりと覚えています。ドラマや映画のように、そう見てる視点がおかしい景色が、、、

なんだかんだありましたが

そこで僕は勝手に思ったのです。

勝手に感じたのです。

あなたにはまだやる事がある。

だから生きている。生かされているのだと、だから使命的な感覚があり、誰かの為になることだけをしよう、誰かの笑顔のために生きていこうと決めた訳です。

そして、それからはずっと生きること、どのように人の為に生きていけばいいのだろうかと考えながら様々な活動を行ってきました。

本気で生きているので沢山の人たちとぶつかってもきました。

今でもそこはそうなのかもしれません。

で今の世の中に疑問を感じまくりな訳です。

何かの成功した人たちの声をみんなが求めて聞いていて、そこへと続こうとしている。そのほとんどがお金を稼ぐこと、稼ぐとこんな生活が出来るよ、夢のような生活が待っている。

僕は少しは知っている。夢のへ世界ではなかったということ、お金を持てば持つほど、欲に埋もれていくこと、それは、自分の中に生まれる欲と、周りの人に生み出させてしまう欲

どちらも自分では考えもしていなかったはずの欲が生まれてしまう。

だから僕たちはお金に関する欲を可能な限り削ぎ落とすところからはじめようと思いました。

生きることと、生き甲斐、そして食べていくことに、絞ることで、生きていく中で生まれる欲を最大限に抑えることと、生きること、生き甲斐ということで欲を満たすこと、食べるという行為を人と共に助け合いながら行うという幸福感で満たしていくこと、そこで生まれる

絶対的な信頼関係をつくるということ、そこに全力で力を注いでいくことで、人の可能性を最大限に引き出せるということを考えました。

人は住む場所と、食べることの不安がなくなると最大限に能力を発揮することが出来る。

それをひとりではなく束になって塊になって実現していく世界をつくる。

その方がお金お金とお金に縛られて生きて行くことよりも、やってることの全てが生き甲斐になってやってることの全てに感動が宿り、自分たちの人生を思う存分楽しんで生きていけるのではないか

それが仕事もボランティアも辞めて生きていくこと、 #れぼる 生き方

#REVOLIST としての生き方

あなたはどちらの方がわくわくしますか?

どちらが優れているとかそんな話をしたい訳じゃないんです。

どちらがイキイキと過ごしていけるのだろうか、人と1人が集まると無限のパワーを生み出し、無限の可能性を生み出すということは、この震災でも学びました。

条件が揃わなくてもはじめることが出来て結果を出すことも出来ると証明も出来ました。

仲間も集まりはじめました。

さあ!後は行動して結果を積み上げていくだけなのです。

これがイメージマイスターとしての生き方の提案です。

想像出来れば何でも出来るんです。

まさにその通りになりはじめた。

やり方までも出来上がったんです。

後はやりながらもっともっとわかりやすく

誰もが当たり前だと思える世界にしていけばいいのです。

いまはまだ誰も知らないことを常識にしていけばいいのです。

非常識を常識によりも何もないものを常識にする。

こちらの方が圧倒的に楽だし楽しい。

仲間になってみませんか?

Share Button

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください