失敗と成功 戦争は決してなくならない


こんばんは

隼です

今回はあえて成功からでは失敗と成功というように書いてみました。

成功するために失敗がある

失敗って言葉に引っ張られて

失敗することは嫌だからやらない

ってことが自分の中ではもったいないと思っている

すべてのことが行えるって意味ではなく

自分の中でも優先順位もあれば出来ないと思うことも山ほどある

でもそこの理由に失敗するからっていうことはない

うまく出来ないと恥ずかしいとか

緊張するとかって気持ちも当然ある

当然だけどやりたくない理由のあれば

やらない理由も沢山ある

 

どちらかというとそうしたことって

多い方だとも思っている

 

これまでの人生の中で何かをはじめる際にはじめから自信のあるものって

あっただろうか?

ほとんどなかったように思います。

 

やるまえから自信があったことってありますか?

 

その事に対して経験を積んだ上で

その事業に対してある程度の経験が出来ていたり

応用で行けそうな時なんかは自信を持っていることはあります。

 

ほとんどなかったという中の少しの経験のなかで

ひらめきだったり

思いつきで

これはいける!

きっと行ける!って時には

うまくいかなかったとかそんなことはありました

そうした時

じゃあどうすればうまくいくんだろう?

これならどうだ!

こんな方法もあるかも!

って感じで

次から次へとやってみちゃう!

そうすると

①「いつの間にか出来るようになってる」

って場合と

どうやってもなかなか

うまくいかない

うまく出来ない

そんな時もある

でもどうしてもやりたいことだったりすると

「ずっとやり続けている」

「ずっと考え続けている」

周りからみたらもうやめちゃったように見えているのかもしれないけど

 

「自分の中では当然終わっていない」

②「出来る方法を見つけている場合」

そしてもうひとつ

うまくいかないって理由もあって

これは

「どこかの誰かに先をこされちゃった場合」

こうした時には

自分がやろうとしていたこと

「自分がやっていることを変更」

③「どうにかしてアップグレードさせる」

こんな感じで考えて行動しています

そうやっていると

時期はかなりずれちゃうことって沢山あるけど

自分の中では結果的には成功させているんじゃないかなって思っている

 

その時に一緒にはじめた人と最後までやれるともっといいんだけど

そこは変更してしまっていることはあります。

 

みなさんはどうでしょうか?

 

そして

もうひとつタイトルに書いている

戦争はなくならない!

このフレーズ

いろいろなことを考えさせちゃうかもしれませんが

戦争なんてなくなることはないんだから諦めようとか

 

自分には関係のないことだとか

そういうことではなくって

戦争するには

それ相当の理由があって

そうした想いの違いだったり

立場の違いによって簡単には話が出来ないことだったり

 

生活していく上での価値観だったり常識が違っているってこともある

 

住んでいる場所にしても感覚も違えば言葉も違う

 

僕は京都で生まれて東京と京都で育って

仕事は京都からはじまり

大阪、関西と広がり関東に

そして仕事する環境も

人生も一度失って新たな人生を歩みはじめたところです。

 

これまで感じてきたことやってきたことがまるっとできなくなって

ゼロから

マイナスからのスタートになって

 

東京へきて

いろいろな世界をゼロから見て

SNSを知って

SNSの世界を見て
いろいろな業界のことを見て

震災を経験して

東北へきて

芸能界のことも少し覗かせて貰って

じっくり話を聞かせて貰って

やり方を見せてもらって

東北でマイナスからスタート

人脈もなくゼロからのスタートをきった

 

何もなくなった町で感じたこと

都会のど真ん中で生活している方々の世界を見て

 

タイムマシーンに乗っているかのように

日々を感じる生活をしている

嫌いだった日本の歴史を感じ

日本を感じ

世界を感じる

 

常識も

普通もすべて

人によって違う

歳なんかも関係なく

経験によっても違う

 

関西、東京、東北では言葉も感覚もまるっきり違うこともある

聞き取れない言葉や意味がわからない言葉

 

なんだったらひとりひとりみんな感覚は違う

おのくんで言うと

みんな違っていいんだよ

 

ってことで

人それぞれ

違う生活基準がある

生活マナーだったり

ルールもある

そうしたことが

ぶつかると

自分のルール

基準で話をすると

必ずといっていいほどぶつかり合うのではないでしょうか?

 

そうしたことに生活がかかってきたりするとどうでしょう?

 

どちらにもそのことに対しての基準がある

 

自分の信念って簡単に曲げられますか?

同じ日本の中にいても

国が変わるとどうでしょう?

言葉、言語も違うし

生活基準も違えば宗教も違う

そうしたものがぶつかりあってしまった時

 

どちらにもその主張や想いには

当然しっかりとしたはっきりとした理由があって

どちらにもそれが正しいって思える根拠もあったりする

 

そしてそこに正義もある

お互いの正義と正義とぶつかりあうことで

争いが起こってしまう

 

世界で起こっていることには

 

そこに武器商人などがいたり

他の国との関係だったりも関係してくる

 

利益が生まれる人もいれば

仕事の人もいる

 

そのひとりひとりの人の立場を考えて話が出来る人ってどれだけいるのだろうか?

 

それが今回のタイトルに書いた

「戦争はなくならない」

 

ってこと

 

 

「戦争はなくならない」
ということを
理解して
こそ「平和」が作れる
自然を大事にすること
お金でも
価値観でも
戦争でもなく
自然を愛するという共通意識
世界をつなぐひとつの可能性なのではないか
これもやっぱり
人によって感じることは
まったく違うと思うんですけどねw
こうして書いている言葉のひとつひとつにしても
文字だけを見て感じることと
声を聞いて感じること
直接あって話をすることで感じること
すべては変わってくる
そうしたことと
きっと相手にも何らかの自分には計り知れないことが
あって
そうしたことを選択しているのだろうって
思うと
ほんの少しだけでも
感じ方って変わってきませんか?
そのときの感情によっても対応なんかも変わってしまう
一片からだけをみても
相手の思っていることなんてわからない
大好きな人の気持だって全部わかるってわけでもないのだから
真実はひとつ
だけど相手が存在することで
真実の見え方は変わってきてしまう
これって
文字を書いたり
物語を書いたりすることでも
少し感じることが出来るかもしれない
歌詞を書いてみるってことでも
自分目線
他人目線
一人称
二人称
三人称
多人称っていうのかな
そんなことだけでも
自分自身感じることが変わってしまう
世界は広い
まずはせっかく出会った人たちならば
わかりあえるよう努力していきたいもんですね
こうしたことも
やっぱり
失敗の連続から
いつかきっと
自分の人生にとって心から良かったって想える
答えに出会えるのかもしれない
僕は自分の人生ってなると良かったなって言えるように
生きて生きていきたいと思っています。
結果は自分が死んだあと
いつか誰かが答えを出してくれるはずって
想って今を生きています!
失敗したっていいじゃん
諦めなければ
いつかきっと出来るようになるさ!
そう
イメージ出来れば何でも出来る!
失敗したってイメージし続けていれば
出来る!

 

 

 

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