応援のカタチ


応援のカタチについて

考えてみる

震災後

山ほど考えてきた

自分のやりたいこと出来ることと

相手がしてほしいことは違うって

こと

それが100%マッチするってことは

中々難しい

応援する内容にもよるのかもしれないが

誰かのために

ほんの少しでも役にたてたらって

想いが

わかってほしい

これだけやったのに

こんな話になった瞬間

意味をなくしてしまう。。。

そんな気がしている

徳を積むことと

同じなのではないだろうか

誰かのためにとはじまったことに

これだけやったのだから

なんて

ないのではないだろうか?

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